駒込東エリア
Area information

駒込東のおすすめスポット

駒込東のエリア情報


 田端という地名は『小田衆所領役帳』に❝江戸平塚内田端在家同人❞と書かれている部分があるように、中世に開拓された土地です。古代には海が迫っていたこともあって貝塚遺跡などこのエリアには様々な遺跡が多く、田端台公園付近は区境になっており弥生式土器が発掘された道灌山遺跡が有名です。


 また文化人の多く住んだ文士村としての顔もあり、明治36年に板谷波山がこの地に住み始め、そのすぐあとに友人である鋳金家の香取秀真が越してきました。現在の上野に東京芸術学校が設立されたことも影響し、この交友関係から広がった芸術家や文筆家が徐々に集まってきたのです。


 



 



 岡倉天心や堀辰雄、萩原朔太郎、竹久夢二、芥川龍之介など歴史に名を残した人々がかつて住み、特に芥川龍之介はこの地にあった邸宅の書斎を澄江堂と呼び、『羅生門』や『藪の中』、『蜘蛛の糸』など作品のすべてがここで生み出されたのです。残念ながら戦災によって家は失われてしまいましたが、近年同年代の文筆家たちの生活を映した映画フィルムが発見されており、邸内の樹木に子どもと登って遊ぶ龍之介の姿がその中に残されていました。


 大正12年、関東大震災あとには企業家たちが邸宅や別邸を設けるようになり、また松坂屋百貨店の社宅もできたので、田端文士芸術村のほかに松坂屋村の別名でも呼ばれるようになりました。こういった住宅が集まるまでは農村地帯で、低地では特に水田が多く見られ、ショウガや白瓜の名産地となっていたのです。


 太平洋戦争で空襲の際にほとんどの家屋が焼失してしまい、当時の街並みは残っておりません。わずかに残ったものは田端駅の南口、上田端八幡神社の本殿、本田端町会神輿庫など台地の北部の中でも一部のみです。


 


 


 


駒込エリアの地形情報


 


国土地理院の土地形成図*を参考にすると、駒込エリアは関東にまたがる武蔵野台地の東の端に位置しています。更新世段丘と呼ばれる、比較的地盤の安定した土地を形成しています。さらに駒込エリアを拡大してみると、先ほどの台地の隙間は切土、盛土した造成地である低地で構成され、高地と低地の空間性を都市に与えています。そうした土地には坂が多くあり、坂を上りつめると歴史文化的な要所にたどり着くことがあります。そういった観点で街を歩いてみるのも面白いかも知れません。


また、東京都土木技術支援・人材育成センターの液状化予測*からは安定した台地であるため液状化に対しても強い土地であることが言えます。黄色の範囲は液状化の可能性がある地域としています。この評価は三段階ある液状化の評価の二番目のものになります。駒込エリアのほか地域は液状化の可能性が低い地域と評価されており駒込エリアを全体で見ると液状化に対し安全な地域であることが言えるのではないでしょうか。


 



 


 



 


*参考URL


東京の液状化予測図


http://doboku.metro.tokyo.jp/start/03-jyouhou/ekijyouka/layertable.aspx


URLをクリックし次へ(利用上の注意事項)をクリックすると予測図と主題図から見たい情報を重ねた地図を作成することができる。


 


国土交通省ハザードマップポータルサイト


https://disaportal.gsi.go.jp/


洪水、土砂災害、津波、道路防災情報から重ねる地図を作ることができる。


 


地理院地図https://maps.gsi.go.jp/#5/36.104611/140.084556/&base=std&ls=std&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1


上記を上回る情報リストを備えた重ねる地図。複数の情報から地図を作ることができる。情報リストから知りたい情報をクリックすると即時地図に反映。自分の知りたい地域をズームしたり、地図を透過させたりして自分なりの見せ方で表示することができる。